【K-POP】BoAの凄さと功績を語る回 2022【孤高のクイーン】

【K-POP】BoAの凄さと功績を語る回【孤高のクイーン】 K-POP
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今でこそ「世界に出ていく場」として韓国を選ぶことが当たり前の風潮になっている。けれどそれはいきなり訪れたのではなく、K-POP界、とりわけSMが地道に世界進出のステップとして地道に日本の音楽市場を開拓・攻略してきたからこそ。そしてその計画の中心にいたのがBoAだと思う。

年末だし、私が人生で最初に韓国語の音楽を聴くことになったBoAちゃんについて今日はゆっくり書いていこうかなと思います。

これまでの歩みなんかも見つつ、私の私見もかなり含まれるのでそこはご了承ください。

多忙を極めた孤高のクイーン BoA

BoAのこれまでと現在

BoAは2000年8月に、当時14歳という若さでデビュー。韓国でのデビューから1年も経たない翌2001年5月には日本でもデビューし、日本での本格的な活動を開始しています。

その後韓国と日本の両方で人気を得て、日本でもアルバムがミリオンヒットに。アリーナツアーも開催したりと、あっという間に成功したBoA。

東方神起の日本進出や、その後の少女時代やKARA、4minuteなどが日本へ進出してきた所謂「韓流ブーム」の流れが日本に入ってくるより以前に「日本の1アーティスト」として成功した人でもある。

その後2014年には元H.O.Tのカンタと共に同事務所の取締役(非登記)に就任。韓国3大芸能事務所のひとつSMエンターテイメント所属アーティストの大先輩であり、K-POP界の大御所アーティストであり、SMを支える核を担う方になっておられます。

そういう意味では今の日本のK-POP市場の基盤を作った人でもあるわけですね。

日本活動初期からミリオンヒットまで

Amazing Kiss(2001年)、LISTEN TO MY HEART(2002年)、Every Heart(2002年)など
CMやアニメのEDなどで流れていたので曲自体は聴いたことが有りましたが、

私がきちんとBoAを認識して、ハマるきっかけになったのが2002年発売の「VALENTI」。


BoA (보아) – Valenti – 17th Japan Gold Disc Award 2003.03.22

BoAは私よりいくつか年上なので、憧れから単純に凄いと思う気持ちはありながら、「年上」というフィルターでその凄さをきちんと把握できていなかったというのが今振り返って思う正直なところ。

今見返すと歌は凄くうまいしダンスもうまいし、雰囲気も大人っぽい、あとそもそもの歌声が大人っぽいのよね。

これで15歳って、凄すぎでしょ。

しかもグループじゃない、一人で歌って踊ってこれなんだからすごいと思います。

シングル発売の翌年(2003年)に同タイトル「VALENTI」として発売したアルバムは初動60万枚、トータル売上枚数はミリオンセラーを記録しました。

 

この頃の活動としては1年で韓国:日本で半分ずつぐらいだった記憶だったんですが、2002年は特に日本に重点を置いていたのか、今調べ直すととんでもないペースでシングルを発売しています。

さらにシングルに加えてアルバムを1枚、翌2003年頭にもアルバム1枚を出していて、当時のBoA本人は踊りっぱなしの歌いっぱなしだったと思います。

若いにしてもちょっと働かせすぎかな…。とまあ、これは今のSMやK-POPアイドル全体にも言えることではあるけども。

日本のアーティストでもこんなペースで出すってそうないかと思うんですが、韓国でも活動していながら並行してこの量は驚きです。

ちなみに2002年は韓国でも2枚アルバムを出していて、2002年からの流れのまま、2003年3月からは初めての日本単独ツアーを開催しています。

2002年
1月 LISTEN TO MY HEART シングル 日本
3月 Every Heart -ミンナノキモチ- シングル 日本
3月 LISTEN TO MY HEART アルバム 日本
4月 No.1 アルバム 韓国
5月 Don’t start now シングル 日本
8月 VALENTI シングル 日本
9月 奇蹟 / NO.1 両A面シングル 日本
9月 MIRACLE アルバム 韓国
12月 JEWEL SONG / BESIDE YOU -僕を呼ぶ声- 両A面シングル 日本
2003年
1月 VALENTI アルバム 日本
3-4月 BoA 1st LIVE TOUR 2003 VALENTI 単独ツアー 日本
5月 Shine We Are! / Earthsong 両A面シングル 日本
5月 Atlantis Princess アルバム 韓国
10月 DOUBLE / Midnight Parade / Milky Way ~君の歌~ トリプルA面シングル 日本
12月 Rock With You シングル 日本
12月 SHINE WE ARE アルバム 韓国
2002年から2003年にかけてだけをみても絶対に休んでいないとわかるスケジュール。
特に2002年は表にすると多忙さがよくわかる。
CDリリースにはレコーディング、ダンス練習、ジャケ写撮影とリリースまでの仕事も多いし、リリース前後は音楽番組出演、日本の場合トークの時間もあるからそれなりに拘束時間も長い。多分ほとんど寝てなかったと思います。

 

韓国は主にアルバムを出してそのタイトル曲で活動するスタイルですが(今はデジタル音源が主流になっているものの)、日本はシングルでこまめに新曲を出して活動する形。

その分活動回数も増えるけど、ここまで立て続けにリリースをするってそう無いでしょう。

それだけSMがK-POP産業を日本へ持ち込むことを重要視していて、その足掛かりとして、BoAに賭けていたということですね。

そもそも何故SMは日本進出が必要だったのか

なんで日本の音楽市場への進出が重要だったかというと、

市場が大きい(人口が韓国の倍以上)

これに尽きるかと。

韓国のGDPと人口の推移

6. 人口と一人当たりGDP(ドル名目)

グラフ 年次 韓国のGDPと人口の推移 人口と一人当たりGDP(ドル名目)
引用:GD Freak!「韓国のGDPと人口の推移

韓国は2000年当時で人口が5000万人に満たないくらい(今もさほど変わらない)だったので、国としても自国以外のより大きい市場に自国の産業を売っていく必要があった。

それは音楽業界でも同じ。

そこで自国以外で市場が大きく、なおかつ音楽業界が成熟していて、消費者に購買力もある(比較的裕福・生活以外の趣味にお金を投じることが出来る余裕がある)というところでいくと、日本市場への進出を考えるのは必然だったともいえる。

ちなみに基本的に今もこの状態は同じで、その後は日本のみならずアジア全域、北南米、ヨーロッパ… と範囲を広げていったのはご存じの通りです。

ここで何故BoAの日本活動をここまで念入りに展開したのか?というところを掘り下げていくと、BoA以前に一度S.E.Sで日本進出を試みたものの、それが上手くいかなかったという経緯がある。

比較としてSMが同時期に進出していた中国市場に目を向けると、中国はまだ音楽市場やアイドル市場が成熟していなかったので、比較的容易に市場に入り込むことができた。

一方既に市場が成熟している日本では、韓国で売れているからといってそのまま日本に輸入するのでは戦略的に甘かった。

ここで必要になったのがアーティストの現地化戦略。BoAを「韓国の歌手」ではなく「韓国出身の日本の歌手」というような、日本を主軸にした活動展開が必要だったということだということだと思う。

BoAは本国デビュー2年前の1998年にSMにスカウトされてる。それは丁寧に長い時間をかけたマネジメントで「韓国で成功するアイドル」としてだけでなく「日本に基盤をおける歌手」として、さらにはそこからその他の海外へ進出できる歌手を育てるために、それにかかる時間を逆算して当時12歳だったBoAをスカウトしたわけですね。

そこまでするほど、BoAに賭けていたわけです。

その甲斐あって、2002年発売「LISTEN TO MY HEART」、2003年発売「VALENTI」のアルバム2作はオリコン週間1位とミリオンの売上を達成

SMと、何よりBoAの頑張りが報われて良かった。

 

この時期のお気に入りシングルは奇蹟です。

歌声が15、6歳とは思えなく、既に完成されている。めちゃくちゃ頑張ってたでしょうな…

 

あと今では考えられないけども、驚くことにこの頃韓国ではまだ日本の大衆芸能の輸入が禁止されていたんですよね。

正確には第1次~3次解放という形で映画(一部)や漫画などは既に解放されていたんだけども、レコード・CD・テープの販売はこの時期もまだ禁止されていました。

 

2004年1月1日になって第4次解放でこれらのものもついに解禁になるのだけど、その日本の大衆芸能完全解禁の際の特番のようなものにBoAの映像が使われていたこともあったりします。

それほど当時の日本で韓国人歌手といえばBoA、というイメージが付いていたことがわかります。

 

また、同時期にSMエンターテイメント(を中心とした韓国芸能の輸出について)の特集がテレビで組まれていて、そこでもやはりBoAがメインで紹介され「歩く○億」といった紹介の仕方をされていた記憶もあります。※紹介の仕方の記憶は曖昧です

(ワールドビジネスサテライトだった気がすると思ったけど、調べても出てこないので違うかもしれない。経済の番組かな)

 

日本の大衆文化が韓国で禁止されていたことも、韓国の大衆文化がこれから日本・中国・アジアそして世界に輸入されていくということも、これらの韓流市場の拡大という壮大なプロジェクトの中にBoAが居ることも、当時の若すぎる故に考えるだけの思考力と知識のなかった私にとっては「そうなんだ~」と聞き流す程度の事柄。

けど、今こうしてK-POP含む韓国芸能をリアルタイムでチェックできている環境(SNSを活用した情報拡散、独自プラットフォームでのコンテンツ配信などの輸出環境の整備)や、K-POPが一つのジャンルとして根付いている事実と合わせて考えると、韓国が本気で事を起こし始めていた時であったのだな、そして当時の動きが今のK-POP産業に続いていたのだな、と後々、今更実感します。

あの頃これだけ考えることが出来る脳があったら、もっと色々な視点から楽しめたかもしれない。

BoAから少し逸れますが、このBoAの日本における絶頂期から少しスピードダウンしはじめた頃、2005年に東方神起が日本に進出してきます。

当時は「韓国」「韓国の音楽」ではなくBoAという人に興味があったので、東方神起の存在は知っていても特に興味が湧いたわけでもなく、、なんならBoAが売れたからと言って同じように売れるわけではないだろうなぐらいは思っていた。(もちろん今は1ミリも思っていない)

おそらく東方神起が「韓流」イメージの最初だと思いますが、彼らも日本デビュー後は「地元=日本密着型」というBoAと同様の地道な活動を経て、人気を得ていくことになります。

そういう点で近年イメージされる韓流アーティストとは違う性質をもっているグループですね。

他国の言葉で歌を歌うということ

最近では韓国の楽曲の日本語版というと、主に歌詞の無理やりさで原曲の良さが台無しになることもありファンからもあまり受け入れられない事が多いけど(このあたりは日本活動で契約する事務所・レーベルによって差が大きい)、BoAの楽曲はそういった雑さが無いというか、丁寧に再構築されていて聴くに堪えないような作品は無いです。

加えてBoA自身の日本語力そのものが高いことも大きい。

これはとても大事なことだと思っているのだけど、母国語以外の楽曲を歌う時に耳で覚えた「音」として歌うことと、「言葉そのものを理解して“文章として歌う”」のとでは大きい差があるように思うんですよね。

今たくさん出てるK-POPアイドルの日本語楽曲たちも、日本語力そのものが上がれば・より自由に言葉を操れるようになれば、適切な場所で適切なアクセントをつけたりしてもうちょっと聴けるものになる作品がいくつもあると思います。

これは今のアイドルが悪いとか頑張っていないとかいう話では無くて、現在の日本のK-POP市場がそこまで(アーティストの現地化)せずともある程度の売り上げが見込めるだけの大きさになっていることや、焦点を日本に限定せずともいいほど輸出先が増えたからであって、これがSMのみならずK-POP業界全体が目指してきたところではあるのでなんとも言えないところ。

そもそも、今わざわざ日本活動だからと言って必ずしも日本語で歌う必要があるのか?というところもありますしね。

洋楽=英語曲は当たり前に受け入れられるけど、一方で韓国語で歌うのはNG、みたいに思う一般層も居たりして、これは差別的だなと思うものの、一方で韓国国内でも「日本のなにもかもがNG!気に入らない!」という風潮がまだあるんで、このあたりは隣国が故の宿命というか、そう簡単に解決しない問題なわけですが。

 

その後デビューしたSUPER JUNIORは、BoAや東方神起ほど日本活動に重きを置いていなかったけども、そこを通り越して韓国歌手としてヨーロッパや南米で初単独ライブを開催したりしているんで、BoAを起点に日本、アジア、世界にSMを価値を拡大していくという当初の目的はだいぶ果たせているのではないかと。

もちろんまだまだ日本は重要なので、既に確保している日本の中でのK-POPファン層だけでなく、日本の一般層にまで受け入れられることを目指すなら、BoA・東方神起・BIGBANG・SHINeeのような日本語力の強化やアーティストの現地化が必要になってくる、という感じでしょうか。

*2022年9月追記
今でも日本進出時には日本語曲を出して「日本デビュー」とすることが多いですが、特最近はそうでなくても良くなってきていて、韓国語のオリジナル楽曲を日本の番組で披露することが増えてますね。個人的には母国語そのままの方がいいので大変喜ばしいことです。

BoA 韓国での楽曲たち

そうしてBoAを聴き始めてから割とすぐにBoA好きを極めはじめ、韓国のアルバムを買うことになります。

最初に買ったのが2003年発表の3集「Atlantis Princess」、日本ではShine We Are!を発売したころと同時期なんですが、本当どんだけ働いているんでしょうか。

このころから漠然と「たまに韓国ってよくわからない衣装あるな」って思っていたんですが、このゴーグルは今見ても謎である。しかも毎回付けてた。BoAは悪くない。

今ではスリムなBoAちゃんですが、この頃は若さもあってかなり健康的な体型。
(多忙やストレスで太っちゃうというのもあったのではないかなと個人的には思っている)

 

1集の頃は13、4歳なので、まだ細いというか幼いんですけどね。曲は1集に収録されている「SARA」です。

デビューからこの頃までは1集、2集、3集、4集の間に1.5集、2.5集…とアルバムをコンスタントに出していて、○.5集では日本オリジナル楽曲の韓国語版詰合せアルバムのような仕様になっているものもいくつかあり、凄く面白いです。

韓国語版にしたものをきちんと音源で出してくれるのはとてもありがたい。

 

Amazing Kiss Korean ver.


Boa Amazing Kiss(Korean Ver.)

 

DOUBLE Korean ver.

また逆に韓国1集のタイトル曲ID;Peace Bは日本デビュー曲として、2集タイトル曲のNo.1はトリプルA面シングルの一曲として発表していたりという逆パターンもあって、聴き比べが出来るのが結構楽しい。

BoAはデビューから3.5集までは年齢的に元気さやパフォーマンスではかっこよさを重視していたのですが、2004年発表の4集「My Name」雰囲気を変えて大人路線にシフトチェンジし始めます


BoA – My Name, 보아 – 마이 네임, Music Camp 20040724

Atlantis Princessのころに比べると身体も絞って大人っぽくなった感じ。
同時期に同じくソロで活躍していたイ・ヒョリ(元Fin.K.L.)がセクシー路線で人気だったことも路線変更の要因としてあるかなと思いますが、イヒョリとBoAでは年齢も離れていて、この頃BoAはまだ17歳なのでセクシー路線は早い気もします。

(子供ながらBoAのこの路線は合ってるのかな?なんて思ったりした)

とはいえどこかで方向転換は必要だし、17歳でも韓国でのデビューから既に4年経っていますから、キャリア的にはアイドル路線を脱するタイミングだったのかもしれません。

ただこの時期に行った日本ツアーで、初めて衣装にスカートがあっただけでファンも驚いたぐらいなので、それまでのBoAのイメージとのギャップが凄かったんですよね。

セクシーな大人路線と言えど、今のガールズグループの過激さに比べたら全然可愛いですが。

今のK-POPのガールズ達の路線に近いのはイ・ヒョリのほうかなと思います。


[ HD 2005 07 31 ] BoA Girls on Top


[ HD 2005 08 21 ] BoA Moto

次作の2005年発表「Girls On Top」「MOTO」あたりから今のBoAの路線にだいぶ近づいて、体型もMy Nameの時から更に絞ってシャープな身体つきになっています。

努力と才能が表れているパフォーマンス達

Girls On Topから次までは間が空いて、2010年発表の「Hurricane Venus」になります。これがまた最高なんですよね…
動画は同年年末のCopy&PasteとHurricane Venusメドレーです

クイーンオブクイーンの貫禄。

元々相当な訓練を経ているので昔から安定はしているのですが、ここまで来ると貫録もあってどんなパフォーマンスもなんでも来い、ぐらいの雰囲気。

なんだか最近BoAを見てないな、と思っていた所に久しぶりに見たこのステージ。

わたしは何もわからずこんな大物になってしまうようなお方を見てきてたんや…すごい…誰も追いつけない…という感じで興奮した気持ちと、勝手に熱くなってしまったのを思い出します。

 

この曲もBoAの作品の中では新しい方ですが、それでも6年前なんですね。*追記:2022年時点では12年前(!)

この動画と初期の動画を見比べると体型でずいぶん印象が変わることがよくわかります。

BoAは身長158cmと現在の韓国芸能界では小柄なほうですが、引き締めるとそんなに小ささを感じませんね。

 

その後になると、SM所属の男性アーティストとコラボステージを披露して話題になった「Only One」。

この2012年当時、まだ私はSUPER JUNIORに出会っていません。SUPER JUNIORまでの道のりは長い。(この約半年後くらいにSUPER JUNIORに出会う)

毎回、東方神起ユノ、SJウニョク、SHINeeテミンと豪華すぎる面々とコラボしてます。

これはSUPER JUNIORを好きになってから知ったんですが、SM所属のアーティストがコラボして夏と冬に出していたSMTOWNシリーズの楽曲及びMVで、もっと初期のころに東方神起やSUPER JUNIORとBoAはコラボしているんですよね。

そういえばうっすらそんなMVを観た記憶がありますが、すでに書いたように過去の私はBoAにしか興味が無かったためにBoA以外の周りはよく見ておらず(みんな顔一緒に見えた)、興味もなく、さらっと流していたので同じ画面内に居ながら彼らを知ることは無かったのです・・・

 


SMTOWN – Snow Dream MV

後々、SUPER JUNIORの過去のMVを遡る過程でもう一度同じMVに巡り合った時の衝撃。

君たち、こんなところに居たんだね・・・

 

 

最後に私の大好きな動画を載せますね。スケッチブックに出演した時のBoAです。

今では色々なK-POPアイドルの曲を聴きステージを観るようになり、そうなってからこうしてBoAのステージを見ると、これはもう比べるものでもないのだと改めて思わされます。

ダンス、歌、言語(英語、中国語、日本語)、グループではそれぞれメンバーがそれぞれの得意分野を分散しているものを一人でこなし、しかもそのどれもが誰よりもうまく、高いレベルでこなせる。

これはSMがアジア・欧米進出を成功させるためにそのすべての教育を徹底したこともありますが、いくら事務所が力を入れても本人にそれだけの意思と努力が無ければできない事だと思います。

BoAが日本に来た当時、BoAの身の回りのスタッフは全て日本人で揃え、通訳もつけず、日本に長く滞在させたんですね。

13、14歳ぐらいでその環境はとても大変だと思います。

家族が一緒なわけでもなく、異国でたった一人ですから。

それでも14歳の時にHEY! HEY! HEY! に初めて出演して、日本語もまだよくわからない中ダウンタウンとのトークも通訳なしでこなしていたし(少なくとも私にはそう見えた)本当に歌手活動を続けていくために思春期のすべてを捧げて、ようやく成功できたわけです。

 

その時があって今このステージ、パフォーマンスが完成されていると思うと、とても感慨深いですね。

初期の代表曲No.1のイントロが流れた瞬間のオーディエンスの反応とか、あの頃よりもっと軽やかにかっこよく踊る姿とか、映像内の全部からBoAの歴史と功績を感じて、BoAという存在の大きさを再認識させられます。

 

さて気が付いたらなんと9000字近くの記事になってしまいました。
日本にも数多くいるK-POPリスナーに、BoAの魅力が伝わるといいなと思っています。

今のSMやK-POP市場の原点が詰まっているので。

コメント

  1. sato より:

    BoAの詳細なブログアップありがとうございます。
    あとで、ゆっくりもう一度読んでみようと思います。

  2. sayagyugyugyu より:

    >satoさん
    とても長いのでおヒマがあれば読んでいただけたら嬉しいです^^ご丁寧にコメントいただきありがとうございます♡

  3. keromi4711 より:

    さやぎゅさん、こんにちは。
    BoAちゃん!最高ですよね!
    BoAちゃんが日本デビューした当時、わたしはすでにだいぶ大人でした。でも、韓国の芸能界については何ひとつ知らなかったので、歌が上手くてダンスが上手い元気でかわいい女の子が韓国のアイドルだと知って、ものすごく驚いたことを覚えています。
    そして月日は流れ韓国のアイドルちゃんたちに心奪われてしまうわけですが、その時もBoAちゃんは韓流という事は失念していて、SMTの出演者に名前があってあらためてBoAちゃんは外国人なんだ!と思った次第です。
    それくらい日本に馴染んで自然に活動していましたね〜〜。
    女の子はやっぱり凄い。根性が凄い。トンも頑張ったけど、5人だからできたんじゃないかな。
    さやぎゅさん、これからも楽しく読ませていただきます。

  4. sayagyugyugyu より:

    >koremi4711さん
    こんにちは^^
    いつも読んでいただいてありがとうございます。
    BoAちゃん最高ですよね!わかっていただけて嬉しいです・・・!
    彼女は韓流っていうイメージが無いですよね本当に。今までもたくさん頑張ったけど、これからも韓国日本両国で頑張ってほしいです。

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